「私はあなたに100万貸している。あなたも私に100万貸している。なら、差し引きゼロでいいよね?」——この“差し引き”が相殺です。一方的な意思表示でできる便利な制度ですが、できる条件と、できない場合が決まっています。桜井くんと押さえましょう。
「先輩、うちのお客さんが相手に貸金があって、相手からは代金を請求されているんです。これ、ぶつけて消せませんか?」
「それが相殺だ。二人が互いに“同種の目的”の債務——たとえば金銭と金銭——を負っていて、双方の債務が弁済期にあるとき(相殺適状)、一方的な意思表示で、対当額だけ消せる。相手の同意はいらない」
「一方的にできるんですね。弁済期って、両方とも来てないとダメですか?」
「ここが急所だ。区別しろ。自分が相手に持っている債権(自働債権)は、弁済期が来ていないと相殺に使えない。まだ請求できない債権で相手の債務を消すのは、相手の期限の利益を奪うからな」
「じゃあ、相手が自分に持っている債権(受働債権)のほうは?」
「そっちは緩い。受働債権は、自分の“期限の利益を放棄”すれば、弁済期が来ていなくても相殺できる。自分が早く払うぶんには、自分が損するだけで誰も困らないからだ。自働債権は弁済期が必要/受働債権は期限の利益を放棄できる——ここは対で覚えろ」
「なるほど……。何でもかんでも相殺できるわけじゃない、とも聞きました」
「そのとおり。禁止される場面がある。“悪意による不法行為”に基づく損害賠償の債務や、“人の生命・身体の侵害”による損害賠償の債務を、受働債権として相殺すること——つまり加害者の側から相殺すること——はできない。被害者にはきちんと現実にお金を払え、という趣旨だ」
「加害者が『お前に貸しがあるから、賠償と相殺だ』は通らない、と」
「そうだ。ただし逆はいい。“被害者の側”から、自分の損害賠償債権を自働債権として相殺するのは妨げられない。禁止されるのは加害者側だけ、と向きを間違えるな」
「もう一つ、時効で消えた債権はもう使えませんよね?」
「そこは意外だぞ。時効で消滅した債権でも、“消滅する前に相殺適状にあった”のなら、相殺できる。当事者は『どうせ差し引きで消えている』と思っているのが普通だから、その期待を保護するんだ。ただし相殺適状に一度もなっていなければ、508条の出番はない」
桜井くんは、できる・できないを手帳で仕分けた。
・自働債権は弁済期が必要。受働債権は期限の利益を放棄すれば相殺できる。
・悪意の不法行為・生命身体侵害の賠償債務を受働債権とする相殺=加害者側からは不可。
・被害者側から自分の賠償債権を自働債権にする相殺はできる。
・時効消滅した債権でも、消滅前に相殺適状にあれば相殺できる。
| 場面 | 結論 |
|---|---|
| 自働債権が弁済期未到来 | 相殺できない |
| 受働債権が弁済期未到来(期限の利益を放棄) | 相殺できる |
| 悪意の不法行為・生命身体侵害の賠償債務を受働債権に(加害者側から) | 相殺できない |
| 被害者が自分の賠償債権を自働債権に | 相殺できる |
| 時効消滅した債権(消滅前に相殺適状にあった) | 相殺できる |
この物語の“宅建ポイント”
- 互いに同種の目的の債務を負担し、双方の債務が弁済期にあるとき(相殺適状)、一方的な意思表示で対当額について相殺できる。
- 自働債権は弁済期にあることが必要。受働債権は、期限の利益を放棄して弁済期前でも相殺できる。
- 悪意による不法行為に基づく損害賠償の債務や、人の生命・身体の侵害による損害賠償の債務を受働債権とする相殺は、加害者の側からはできない。被害者の側から相殺することは妨げられない。
- 時効により消滅した債権でも、その消滅以前に相殺適状にあったときは相殺できる。相殺適状に一度もなっていなければ、これによる相殺はできない。
この論点を、肢で確かめる相殺は「自働債権と受働債権の弁済期」「加害者側からの相殺禁止」を突く権利関係の定番。肢別ドリルの「権利関係 → 相殺」で、〇×を繰り返して条件を固めましょう。
肢別ドリルで解く →