37条書面を無事に交付した桜井くん。ところが数日後、買主のFさんから「事情が変わったので、契約をやめたい」と電話が入った。「手付を放棄すれば解除できますよね?」——桜井くんは即答しかけて、はたと止まる。それとも、これはクーリング・オフの話だったか。似ているようで、まるで別のドアなのです。
「先輩、Fさんが解約したいって……。手付を放棄すればいいんですよね?」
「落ち着け、桜井。まず切り分けだ。今のは手付解除か、クーリング・オフか。この二つを混ぜると事故る」
「……同じ『解除』じゃないんですか?」
「別物だ。まず手付解除。買主が手付を交付したときは、相手方が契約の履行に着手するまでは、買主は手付を放棄して、売主は手付の倍額を『現実に提供』して、契約を解除できる(民法557条)。これが解約手付だ」
「じゃあ、Fさんがもう引っ越しの準備を始めていたら……Fさんはもう解除できない?」
「そこが引っかけだ。基準は“相手方”が履行に着手したか。Fさん自身が動いていても、売主がまだ履行に着手していなければ、Fさんは手付を放棄して解除できる。自分の着手は関係ない、と判例は言っている」
「へえ……。ちなみに、うちが自ら売主のときは、手付っていくらでも取れるんですか?」
「いや。業者が自ら売主で、買主が業者でないときは、手付は代金の10分の2(2割)までしか受け取れない(宅建業法39条)。しかも受け取った手付は解約手付とみなされるし、これに反して買主に不利な特約は無効だ。『手付解除は一切できない』なんて特約は効かない」
「なるほど。で……クーリング・オフとは、どう違うんです?」
「ぜんぜん違う。クーリング・オフは、事務所等“以外”の場所でした買受けの申込みを、頭を冷やして撤回できる制度だ(宅建業法37条の2)。ポイントは三つ。①可否は“買受けの申込みをした場所”で決まる。契約した場所じゃない。②書面で告げられた日から起算して8日以内。③宅地建物の引渡しを受け、かつ代金の全部を支払うと、もうできない」
「Fさんは、うちの喫茶店での商談で申し込んで……まだ引渡しも代金の全部もこれからです」
「なら道が二つある。手付解除なら、売主が履行に着手する前に、手付を放棄する。クーリング・オフなら、告げられた日から8日以内に、書面で通知する。しかもクーリング・オフの解除は書面を発した時に効力が生じる(発信主義)。ポストに入れた時点で効く」
桜井くんは、二つのドアに別々の札を貼るように、手帳に書き分けた。
・買主は手付放棄/売主は倍額を「現実に提供」。
・業者が自ら売主なら手付は代金の2割まで・解約手付とみなす(39条)。
・クーリング・オフ=事務所等“以外”の申込み・告知から8日・引渡し&代金全部でアウト・書面/発信主義。
「同じ“やめる”でも、根拠も、期限も、やり方も違う。表で並べてみろ」。久保田さんはホワイトボードに二列を引いた。
| 手付解除 | クーリング・オフ | |
|---|---|---|
| 根拠 | 民法557条(業者売主は宅建業法39条) | 宅建業法37条の2 |
| 使える場面 | 手付を交付した売買全般 | 事務所等以外でした買受けの申込み等 |
| 期限・基準 | 相手方が履行に着手するまで | 書面で告げられた日から起算して8日以内、かつ引渡しを受け代金の全部を支払う前 |
| やり方 | 買主=手付放棄/売主=手付の倍額を現実に提供 | 書面で通知(発した時に効力=発信主義) |
| 場所 | 問わない | 買受けの申込みをした場所で可否が決まる |
「どっちのドアを開けるかで、締切も手続も変わる。お客さんに『解除したい』と言われたら、まず“いつ・どこで・何を”を聞け。それで二つを切り分けるんだ」
桜井くんは受話器を取り直した。もう、二つの解除を一つにまぜたりはしない。
この物語の“宅建ポイント”
- 解約手付による解除は、相手方が契約の履行に着手するまでできる(民法557条)。買主は手付を放棄し、売主は手付の倍額を現実に提供して解除する。基準は「相手方が着手したか」で、自分が着手していても相手が未着手なら解除できる。
- 業者が自ら売主で買主が業者でないときは、手付は代金の額の10分の2(2割)まで。受け取った手付は解約手付とみなされ、これに反して買主に不利な特約は無効(宅建業法39条)。
- クーリング・オフの可否は「買受けの申込みをした場所」で決まる。事務所等以外でした申込みが対象で、契約を締結した場所には引きずられない。
- クーリング・オフは、書面で告げられた日から起算して8日以内。ただし宅地建物の引渡しを受け、かつ代金の全部を支払うと、もうできない。解除は書面を発した時に効力を生じる(発信主義)。
- 手付解除とクーリング・オフは別制度。根拠・期限・方法・場所の条件がすべて異なるので、まず「いつ・どこで・何を」で切り分ける。
この論点を、肢で確かめる手付とクーリング・オフは、混同を突く肢が毎年のように並びます。肢別ドリルの「宅建業法」で、〇×を繰り返して“どちらの解除か”を一瞬で見分ける目を作りましょう。
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