なぜ不動産が狙われるのか
国の「犯罪収益移転危険度調査書」は、不動産の危険度をこう説明しています。財産的価値が高く、多額の現金と交換できる。しかも利用価値や利用方法によって評価が大きく変わるため、通常の価格に上乗せして払うといった方法で、犯罪収益を容易に移転できる。さらに、真の購入者と異なる名義や架空名義で買えば、資金の出どころと帰属先を不透明にできる。
だから宅建業者は犯収法で「特定事業者」に指定され、入口でのチェック役を任されています。対象は宅建業だけでなく49業種。根拠法は平成19年公布、平成20年に全面施行されました。
| 用語 | かみ砕くと |
|---|---|
| マネー・ローンダリング | 犯罪で得たお金を不動産などに換えて、出どころと本当の持ち主をわからなくすること。 |
| テロ資金供与 | テロの実行やテロ組織の活動に使うお金を集めたり渡したりすること。 |
| 拡散金融 | 大量破壊兵器の開発に関わる相手にお金を回すこと。 |
義務は3つだけ
この3つに加えて、令和8年度中の作成が求められているのがリスク評価書です(後述)。
対象は「売買」だけ ── 賃貸は対象外
取引時確認が必要になるのは特定取引のときだけです。宅建業者にとっての特定取引は、次のとおり。
| 取引の種類 | 取引時確認 | ひとこと |
|---|---|---|
| 宅地・建物の売買契約の締結 | 必要 | 自ら売主・自ら買主のケース。 |
| 売買の代理 | 必要 | 代理を引き受けた時点で対象。 |
| 売買の媒介 | 必要 | 仲介はここ。売主側・買主側の別を問いません。 |
| 賃貸の媒介・代理・管理 | 対象外 | 賃貸は犯収法上の特定取引ではありません。 |
覚え方は「売買にだけ効く」。賃貸仲介がメインの月は、取引時確認の出番がない月もあり得ます。ただし賃貸だからといって、怪しさに気づく感度まで下げる必要はありません。
何を確認するのか
相手が個人か法人か、通常の取引かハイリスク取引かで、確認する項目が変わります。
| 確認項目 | 個人のお客様 | 法人のお客様 |
|---|---|---|
| 本人特定事項 | 氏名・住居・生年月日 | 名称・本店等の所在地 + 来社した担当者個人の本人特定事項 |
| 取引を行う目的 | 自宅として住む/投資用/事業用など。申告してもらえば足ります。 | |
| 職業/事業内容 | 職業(申告でOK) | 事業内容(定款・登記事項証明書等で確認) |
| 実質的支配者 | ― | その会社を実際に支配している自然人(原則25%超の議決権保有者など)。申告により確認。 |
| 資産・収入の状況 | ハイリスク取引で、かつ200万円超の財産の移転を伴う場合にのみ必要。 | |
ハイリスク取引とは
この場合は通常より厳格な方法で確認します。追加の本人確認書類を求める、購入資金の原資を確認する、といった対応です。
令和9年4月、本人確認のやり方が変わる
ここが一番の実務インパクトです。犯収法施行規則の改正により、令和9年(2027年)4月から本人確認の方法が厳格化されます。お客様に案内する書類の種類そのものが変わるため、施行前に受付フローと案内文の見直しが必要になります。
改正の具体的な中身は、施行までに公表される国土交通省・警察庁の周知資料で必ず最終確認してください。
記録は7年
| 記録の種類 | いつから数えて | 保存期間 |
|---|---|---|
| 確認記録 | 取引関係が終了した日 等 | 7年間 |
| 取引記録 | 取引が行われた日 | 7年間 |
確認に使った書類の写しも一緒に保存します。行政の立入検査で最初に見られるのがここです。宅建業法の帳簿(5年)や従業者名簿(10年)とは別の期間なので、混同しないよう注意してください。
「疑わしい」と思ったら
国交省の考え方はシンプルです。チェックリストに一つでも該当すれば届出。そして該当するか明確でなく、判断に迷う場合も届出。迷ったら出す、が正解です。
実際、どれくらい届出があるのか
国交省の記載例によれば、令和4年から令和6年までの3年間で、宅建業者による疑わしい取引の届出は全国で54件。内訳の上位はこうなっています。
| 届出の類型 | 件数 | 割合 |
|---|---|---|
| 多額の現金 | 21件 | 38.9% |
| 不自然な態様・態度等 | 5件 | 9.3% |
| 短期間・総額多額現金 | 4件 | 7.4% |
| 暴力団員等 | 3件 | 5.6% |
| 短期間・多数取引 | 2件 | 3.7% |
3年で54件。圧倒的に「多額の現金」です。まずここに感度を持つのが実務的といえます。
兆候チェックリスト(代表例)
これは代表例です。実際の届出判断は、必ず国交省の参考事例集とチェックリストの原本に当たってください(リンク集)。
絶対にやってはいけない ── 内報の禁止。届出をしたこと、またはこれから届け出ようとしていることを、お客様やその関係者に漏らしてはいけません。法律違反です。「一応届けておきますね」は禁句。社内でも共有範囲を絞ってください。
リスク評価書は、どこがコピペで済むか
自社の事業規模や取引形態に照らして、どこにマネロンのリスクがあるかを特定・評価し、下げるための措置を書いた文書です。国交省は令和8年度中に全宅建業者が作成し終えることを目標にしています。
身構える必要はありません。国交省がひな形・様式(Word)・記載例(Word)・総括表(Excel)をすべて無料で公開しています。全6ページのうち、第1章と第3章はほぼ全社共通。自分で調べて書くのは第2章だけです。
全6ページの構成
第2章で、実際に何を書かされるか
正直にお伝えすると、手が止まるのは「営業エリアと地域特性」です。記載例は、次のような内容を求めています。
自治体や都道府県警が公表している統計を当たる作業になります。ここだけは時間を見ておいてください。逆にいえば、ここさえ埋めれば評価書は完成します。
リスク評価総括表(Excel)は選択式
第2章(3)が参照するのが、別ファイルのExcel「リスク評価総括表」です。3シートあり、各行について取扱の有無を○×で選び、固有リスクを「極高/高/中/小」で格付けし、低減措置(謝絶/慎重な確認)を選ぶという作りになっています。考える軸はこの4つだけです。
| シート | 評価する軸 | 並んでいる項目 |
|---|---|---|
| 総括表① | 商品・サービス/取引形態 | 売買・売買の代理・売買の媒介 × 対面/非対面/現金/金融機関を通じた取引/多額取引/非居住者・外国籍の顧客との取引 |
| 総括表② | 顧客属性 | 反社会的勢力、国際テロリスト、一見顧客、年金受給者、給与所得者、自営業者、無職・主婦・学生、上場/非上場/外国企業、公的機関、経済制裁対象者、外国PEPs、疑わしい取引該当先 など |
| 総括表③ | 国・地域 | 全世界の国名一覧+中国東北3省・英領バージン諸島、FATFグレイリスト/ブラックリスト掲載国 |
国が「危険度が高い」としている類型。格付けの出発点になります。取引形態では非対面取引・現金取引・外国との取引。国・地域では北朝鮮・イラン・ミャンマー。顧客属性では反社会的勢力、国際テロリスト、非居住者、外国PEPs、実質的支配者が不透明な法人等。
なお、FATFのグレイリスト・ブラックリストは毎年2月・6月・10月頃のFATF会合の結果を受けて財務省が更新します。評価書は作って終わりではなく、リストの更新や営業エリアの拡大といった変化があったときに見直す前提の文書です。
資料リンク集(すべて無料)
まず読むもの
リスク評価書をつくる
取引前に照合するリスト
条文
困ったときの相談先。国土交通省 不動産・建設経済局 不動産業課 不動産業指導室(電話 03-5253-8111 代表)。業界側の窓口として「犯収法等連絡協議会」(事務局:公益財団法人 不動産流通推進センター、6団体で構成)もあります。
出典:国土交通省「宅地建物取引業者におけるマネー・ローンダリング対策」および同ページ掲載のリスク評価書 作成要領・記載例・リスク評価総括表、国家公安委員会「犯罪収益移転危険度調査書(令和7年12月版)」を基に作成しました。
本記事は制度の全体像をつかむための要約です。実際の届出判断・記録の運用・評価書の記載内容は、必ず上記の原本と最新の法令に当たってご判断ください。法令は改正されます。(2026年7月時点の情報)